『ザ・グレーテスト』偉大なるモハメド・アリ

モハメド・アリ

ボクサーと聞いて、最初に思い浮かべる人物は誰ですか?

 

最近だと井上尚弥選手と答える方が多いかもしれませんね。他にも村田諒太選手や、長谷川穂積選手とかですかね?

海外ボクサーだと、フロイド・メイウェザー選手とかマニーパッキャオ選手とかが有名ですね。

 

ただ、ボクシング界で最も有名、そして偉大な選手というのは、恐らくあの人ただ一人。

『ザ・グレーテスト』こと、モハメド・アリ氏です。

 

モハメド・アリ氏は1960年に開催されたローマオリンピックのボクシングヘヴィ級競技において金メダルを獲得し、その後、プロに転向しました。

プロとしても彼は、三度の王者奪取、そして19回防衛という記録を残し、プロボクシング界に惨憺たる栄光の歴史を刻んでいます。

ですが、彼が『ザ・グレーテスト』と呼ばれる由縁はそこにはありましましたせん。

 

モハメド・アリ氏がプロボクサーとして活躍していた頃、アメリカはベトナム戦争の渦中にいました。後に、アメリカ史上最悪の戦争とも呼ばれた戦禍です。

 

このベトナム戦争には、数多くの成人男性が徴兵されました。

モハメド・アリ氏も例外ではありません。

 

ですが、彼は徴兵を拒否しました。

その理由については、彼が信仰していたネイション・オブ・イスラム(NOI)という、イスラム教から派生した新宗教の教義のためだと言われています。

ただ、その頃の世論は戦争を肯定するもので、徴兵を拒否したモハメド・アリ氏はボクシング界だけでなく、アメリカ社会の嫌われ者となってしまいました。

 

徴兵拒否の代償は、彼のボクシング生命にも影を落としました。

なんと、徴兵拒否によって彼は法に裁かれ、プロボクシングのライセンスを剥奪されてしまったのです。

 

これによって、二十代半ばのアスリートとしての脂の乗った時期を奪われてしまったのです。

 

それでも彼は社会と戦い続けました。

その努力が実り、1967年にライセンスを剥奪されてから三年と七カ月、ついに彼はリングに復活しました。

 

その後は、ブランクと年齢によって圧倒的不利と思われていた当時のチャンピオン、『像を倒すパンチ』でお馴染みのジョージフォアマンをリングに沈め、見事チャンピオンに返り咲きました(キンシャサの奇跡)。

 

モハメド・アリ氏の偉業は、たった千字程では書ききれません。

反戦運動に加え、彼は人種差別に対する徹底抗議等、彼の社会に対する影響力はアスリートという垣根を超え、多くの人の記憶に残っています。

圧倒的なボクシングセンスと自分貫く人としての強さ。

それこそが、彼が『歴史上最も偉大なアスリート』と呼ばれる由縁なのでしょう。